長崎地方裁判所佐世保支部 昭和35年(む)675号 判決 1960年8月09日
被告人 米倉倍太郎
決 定
(被告人・弁護人氏名略)
右被告人に対する詐欺被告事件につき、当裁判所裁判官が昭和三五年八月五日なした保釈請求却下決定に対して申立人より準抗告の申立がなされたので、当裁判所は次の通り決定する。
主文
本件準抗告を棄却する。
理由
本件申立の要旨は、昭和三五年八月五日申立人の保釈請求に対し原決定は「被告人は罪証隠滅の虞がある」として之を却下したが、本件については取調は終了し、公訴も提起された今日、被告人が罪証を隠滅する虞れなど考えるべくもない。即ち本件詐欺被告事件の争点は唯被告人が替玉審査の共謀に加担したか否かの一点であるが、被告人としては既に被疑事実につき或程度自白しており、その余の点は熟知していないのであつて今更罪証隠滅の余地はない。又住居も確定し逃亡等の虞れもない上に、本件は捜査の過程において起訴前の勾留期間が十日間延長され、七十歳に近い老齢の被告人は既に逮捕以来二十数日間拘禁されているのであつて、右は不当に長い勾留に近い拘禁というべきである。従つて本件保釈請求を却下した原決定は違法であるから之を取消した上被告人の保釈を許す旨の決定を求めるというにある。
よつて案ずるに、本件の捜査記録によると、被告人の詐欺事件は日本生命相互保険会社の代理店営業を司つている被告人が、その外務員村上八平、同田島新及び特約店業務に従事している千北千助と共謀の上の犯行であつて、詐欺の手段である替玉審査、保険加入手続等について相互に連絡通謀した上、行為を分担し敢行されたものであつて、被告人は右事件において主導的立場にあつたものと一応認められ、その証拠としては被告人及び前記の者の供述が重要なものであると考えられるのであるが、その各供述の内容も主要な部分に相違する点があり、さらに右犯罪の種類、性質、態様などを併せ考えると、第一回公判期日前であり、証拠調も終了していない本件においては被告人及び右共犯者ら相互の関係において罪証隠滅の虞れは大であるというべきものがある。そうとすれば、本件は刑事訴訟法第八十九条第四号に該当するわけであるから、いわゆる権利保釈の許されないことは勿論であつて、被告人は当年六十八才で昭和三十五年七月十四日逮捕され、同月十八日以降現在まで二十三日間勾留されていることが明らかであるけれども、この程度の日数を以て不当に長い勾留若くはそれに近い勾留とは認められないし、幾分老齢であるとはいえ拘禁に堪え得ない状態であるとも認め難く、その他裁量による保釈を許すべき事情も窺われないので、本件保釈請求を却下した原決定は相当というべきである。従つて原決定の取消及び保釈の許可を求める本件準抗告の申立は理由がないので、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第一項に従いこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 谷口照雄 森永竜彦 浅野達男)